自閉症スペクトラム

最近はとても分かりにくい横文字障害名が多く有ります。
発達障害は自閉症スペクトラムに属していると言われていますが、スペクトラムってなんだろう?と思いませんか?

研究社によるとスペクトラムは

spectrum
音節spec・trum 発音記号/spéktrəm/音声を聞く音声を聞く
【名詞】【可算名詞】
(《複数形》 音節‐tra 発音記号/‐trə/,spectrums)
1 【光学】 スペクトル.

2 (目の)残像.

3 〔変動するものの〕連続体; 範囲 〔of〕.

と、なっています。自閉症スペクトラムの場合は③番が一番適切です。
自閉症の連続体。
これも分かりにくいのですが、簡単にいうと、
自閉症には「軽い」から「重い」まであり、この自閉度とIQの高さ(低さ)でその人の障害が決まる…といった感じです。それも現在は未知の部分も多い分野なのでこの定義は暫定的な定義な様です。

簡単に言うと発達障害も自閉症の一部。という事になります。
自閉症なので、治ることはありませんが、生活の支援次第でその人に掛かる負担を軽減することは出来ます。

割り切る

生活をする上で必要なのは「割り切る」力です。
具体的にいうと、私の子供は〇〇障害だけど、他の子の様に必ず〇〇をさせたい…
など、平等を求めないことです。
消極的な意見と思われるかも知れませんが、私としては正反対の積極的な意見と思っています。

平等を求めない。前にも書きましたが(この記事)、同じである必要が無いと感じると平等である必要も無くなります。世間は誰のためにも平等では有りません。必ずどこかで不平等な事が有ります。
平等を求めないという事は、させたいことが出来ない、という意味では有りません。そのさせたいことが、現時点で出来ない、という事です。その既存のシステム内では出来ない、という事です。もしかするとさせるためには親にも子にも相当の努力と時間を割くことが必要になってくるかも知れません。

何にしても、初めて何かをする時は努力と時間が必要です。既存のシステムで出来ない、もしくはやったことが無い事をすると、どうしても普通以上の時間と努力が必要になってきます。親も子もそのための時間を費やして努力が出来るのなら良いです。しかしそれが出来ない場合は、出来ないからといって「やらない」方向へ行くのでは無く、だったらそのやりたい事に似ているのは何なのか?もしくはやりたい事をするにはどうすればよいのか?を考える方がより建設的です。

割り切る事によって、行動の範囲も広くなり、自分達で工夫できる事も多くなります、理想としては、その努力を記録し、障害を持っている他の子供やその親にも教えられる『パイオニア』になることかも知れません。

進め方 4 算数編

算数は基本が一番大切です。その基本は足し算、引き算、かけ算とわり算。
この四つが出来ていれば後はその応用なのです…が、応用になると出来ない人が大勢居ます。それはどうしてでしょうか?理由はとても簡単です。何をどう応用しているか分からないから…つまり、理論が分からないからです。それに加えて日本の教科書はとても不親切で、中間を書かず、最小構成を載せているので余計分からなくなります。また日本の教え方では「公式」が命で、一つの解き方が正解と成っている場合が多いです。しかし、算数は色々な解き方があるので、その人(勉強を教えられているお子様)に合った解き方を一緒に考えるべきです。

例えば足し算。
2+9
の問題があるとします。この計算で必ず2に9を足さないといけないでしょうか?9に2を足したらいけないでしょうか?そんな訳はありません。計算のルールを守っている限り、どちらを先にしても良いです。
これは非常に簡単な例ですが、「必ず」を出来るだけ外して、お子様が出来る方法を一緒に見つけ出すことが一番大事です。

☆計算のルールとは、括弧に入っていない限り、かけ算とわり算は足し算と引き算の前にする。
例)① 2X3+10  ②2X(3+10)
①は先に 2X3をして、後に10を足します。
②は3+10を先にして、後に2を掛けます。

理解してあげること

私達は通常、話を聞く時に相手が何を言いたいか…と(無意識でも)考えながら聞いています。
そこで、相手の言葉が足りない場合は、「こうだよね」と付け加えてフォローを入れる時も有ります。

障害がある、無いに関わらず、子供と接する時には、そのフォローを出来るだけしないことを心がけると良いかもしれません。理由としては幾つもあるのですが、二つの利点が有ります。それは子供が考えて喋るようになること、それと中途半端な文章では無く、ある程度完成した文章で話すようになるからです。
考えて喋るようになると、変な言葉が入りませんし、発言や質問の意図が何か明確になります。明確な発言や質問がコミュニケーションを豊かにし、色々と楽しいことが増えるはずです。
中途半端な文章、例えば文章の語尾を濁らす話し方は、その人の意志の弱さを強く印象づけます。人はそれを(意識的に、また無意識的に)利用するので、ある程度完成した文章で話すことは、自分の意志の強さも伝えているのです。

重要なのは理解してあげる事、だけど甘やかさない事。
理解しているから、と言って甘やかすのは相手にとって、そこで改善出来るチャンスをあなたが潰しているのです。厳しい事を言っているかも知れませんが、それがあなたと子供のコミュニケーションをより良くする近道でもあります。

変わる事

私達の子供が発達障害と診断されたら何が変わるのでしょうか?
教え方や接し方などには変化があって当然なのですが、愛情やその子に対しての思い、そして望みは変わるでしょうか?私を含めた多くの人達は「変わらない」と答えるでしょう。それどころか、もっと強くなったと答える人も居ると思います。

そうです。事実は何も変わらない…はずです。
私は子供が発達障害、もしくは知的障害と診断された父親がショックを受けて、一切関わらない…という話を耳にしますが…

お父様方、それどころではありませんよ!!!

あなたを必要としている子が居るのです。あなたのサポートを必要としているお母様方が居るのです。あなたが打ちしがれてどうするんですか?多分、事実としてはショッキングかも知れませんが、あなたが落ち込んでいる場合では有りませんし、育児放棄する理由にもなりません。逆に奮い立って、愛する家族のために事実を受け入れ、出来る事をするのが男性の役割では無いのでしょうか?
また、障害があると診断されたのはあなたでは無いのです。障害を一生背負って生きていかないといけないのはあなたの子供です。その子供に出来るだけ多くの事を教えないといけないのです。

お母様方も、お父様方が一切興味を示さないから、と諦めてはいけません。その子はあなた一人で生んだのでは無く、お父様と一緒に生んだ子です。お父様方に遠慮している場合ではありません。女性一人で子供を育てるのは大変ですが、障害を持っている子を育てるのはもっと大変です。

現在では様々なサポートシステムが整っている、もしくは整えられようとしているので、両親揃って頑張れば、子供もそれを見習って一生懸命生きて行くと思います。

同じである必要性

私達日本人は「人と同じである必要性」を他の国民より強く感じているように見えます。
あの人が持っているから…
友達も持っているよ…
今のはやりはコレなんだって…
など、様々な方向から「同じ」である事を求めます。
しかしそれは本当に必要でしょうか?ましては障害がある子(人)にとって、それは苦痛以外の何物でも無いかもしれません。生活支援をする私達にとって必要なものは、どれまで「同じ」である事を許容し、「同じ」で無くなる事に恐怖を植えつけない事かも知れません。
例えば、高校入学レベルまで学力が達していない子を、周りの同級生が高校に行くからといって、行かせるのは間違いかも知れません。高校は(まだ)義務教育ではないので、行かせる必要は有りませんし、高校に行けるレベルまで達した時点で通わせる事も出来るのです。また、学力が高校入学レベルに達していないのであれば、お金と時間の無駄遣いです。私自身、そんな余裕なお金も有りませんし、私の子供に無駄な時間を過ごさせるより、もっと建設的な時間を過ごさせる方が良いと思っています。

私はどの子(人)にもその子(人)の個性を生かしたオリジナリティーの高い時間を過ごさせようと思っています。

進め方 4 国語編

進める上で一番必要なのは教える側の根気、忍耐力と粘り強さです。
私達は支援する側なので、私達が諦めてはいけません。
毎日、自分の時間を割いて子供の勉強に付き合うのは並大抵な努力では出来ません。しかし、支援している子(人)も時間を割いて勉強しているの事も忘れないで下さい。

国語を教える時に引っかかっている(もしくは新しい)言葉や漢字の意味だけを教えて終わり…としたい所なのですが、その言語や漢字の関連性、他との違い、そして使い方まで教えるのが理想です。関連性と言っても、広範囲では無く、狭い範囲でまとめて教えた方が効率も良いですし、収拾がつかなくなる事態に陥ることが無くなります。
例えば、「蒼」。これの意味だけを教えると、「青」との区別が付きません。なので関連性や違い、そして使い方を教えるのです。
こうして一つ一つを丁寧に教えると膨大な時間が掛かる…との意見もすぐに聞こえて来そうですが…それはそうです。だからこそ親もその支援の輪に入ることが大切なのです。「私は学歴が無いから」とか「私は忙しくて…」などの言い訳を言う人も中には居ますが、子供の為だったら勉強しませんか?忙しい時間の一時を工夫しませんか?

とにかく、ゆっくりでも良いので、丁寧に教えることが必要です。

音読

本を音読させると結構色々な事が分かってきます。
1.語彙
2.理解度
3.集中度
私は音読させている時には、上記の三つの点に注意して聞いています。
語彙は、どれだけ音読している子が言葉を習得してどれだけ理解しているか、に注意して聞いています。言葉を単語で理解しているだけなのか、文脈に沿っても理解しているか…見極める事は難しい時も有りますが、大体の場合、(個人の差は有りますが)言葉に詰まってしまえば、文脈に沿っての理解がまだ足りていない証拠と考えても良いかも知れません。
理解度も似ています。私達は多くの場合、文脈に沿って理解出来ていない場合、言葉に詰まる、もしくは読むのを止めてしまいます。それは私達の脳が読んでいる文章を分析しているからです。理解が難しい時は読むのも遅くなります。
集中度を把握するのは難しいかも知れません。言葉に詰まる回数が多くなる時や遅くなるときは上記の二点が原因でないと推定できた場合、集中が切れた、と判断できるでしょう。

マンガを音読すると、現代の『生きている』言葉がメインになりますので、子供達も読みやすいかも知れません。逆に、あまり面白過ぎる場合、それが障害となって、黙読する原因にもなります。ですので、音読するマンガはある程度面白くて、何度も読んだものが良いかも知れません。

色々と

更新をしなくてすみません。

今日からまた更新を開始します。
クラブ参加人数:2人

一人は今日は国語の一環として読解力をあげる為、マンガの一章を読みました。『え?』と思われる方が多いのかも知れませんが、読解力や理解力を深めるためにマンガを使うのはとても良い方法と私は考えています。理由として
①絵で物を伝えているからイメージし易い
②レベルがそんなに高くない
③(一般的に)子供はマンガが好き
だからです。

後の一人は算数の学習支援。今日は比率を教えてきました。比率の説明やどうして比率が使われるのかを、分かりやすく説明して、彼が興味のある分野を例に取り教えてきました。結構分かったようなのですが…次回までそれを覚えているかどうかですね。
(彼の学習支援は週に一度です)

明日からは今日行った事の細かい説明をします。

誰も悪くない

発達障害と直面している人、保護者もしくはその関係者へ…
発達障害は誰かが悪い事をしたからそうなっているのでは有りません。

お母様方、
自分の可愛い子をワザと傷つける母親は居ません。
生まれる前から自分の身体を管理して、居たのに子供が発達障害と診断された…
「私は何かこの子に悪影響を与える事をしたのだろうか?」
と自分を責めないで下さい。
薬物、お酒やタバコなどは(他の障害の原因なのかも知れませんが)発達障害の原因と見られていません。

お父様方、
待ち望んでいる子供が発達障害と診断されたら落ち込まないで下さい。
薬物、お酒やタバコなどは(他の障害の原因なのかも知れませんが)発達障害の原因と見られていません。ましてや遺伝子のみ伝えて後は母親に任せるしかないのですから…
だからといって母親を責めないで下さい。
彼女達も自分を責めて居るかも知れないのに、あなたの追い打ちは彼女達を絶望させるかもしれません。一番必要なのはサポートしてくれるパートナーであり、良き理解者と話し相手です。

本人へ、
あなた方は何も悪く有りません。
強くたくましく生きて下さい。
お父さんやお母さんを責めないで下さい。誰も悪くないのです。発達障害は『罰』ではないのです。
人生は楽しいことがいっぱい有ります。
お母さんやお父さん、そして会った事も無い大勢の人があなたを応援しています。

保護者の方と関係者へ、
誰も悪くないので、お父さんやお母さんや本人を責めないでください。
責める事を考える時間があるのであれば、
その時間をもっと有効的に使って、どうやってサポート出来るかを考えましょう。

子育ては障害が無くても大変です。
しかし、発達障害の子を育てると、子供との時間が自然と増えてきます。
そうすると小さな喜びが自然と増えます。
『普通の子』を育てるよりも『小さな喜び』をたくさん見つける事が出来ます。
頑張って下さい。今は見えていないかもしれませんが、応援している人はたくさん居ます。